Hold me!
学生生活最後、春の始まりの時間をわたしはエネさんと茨城で過ごした。
車で駅まで迎えに来てくれたエネさんは久しぶりに会うからか少し緊張していたように笑っていたけど、車を走らせているうちにそんなことは2人とも忘れていた。
わたしたちが会う時は決まっていつも雨が降る。
あいにくの雨の空を車の窓から見上げて、いつも通りの空の色に何故だか少しほっとしていた。
離れている時もそばにいる時も、エネさんには話したいことが沢山ある。
忙しなく続ける私の話をエネさんは適当にあしらったりはせず、ただ笑っていつも聞いてくれた。
車に乗り込んでしばらくすると、エネさんが通う陶芸学校に到着して、エネさんの作品が並ぶ展示を見に行った。
東京を出た後のエネさんの表現を見るのは初めてだった。
東京の街で、いつも何かに追われてるような感覚で、何かを恐れながら表現にしがみつくわたしとは違って
エネさんの表現はゆっくりと時間をかけながら
小さな芽が土の中から顔を出して、つぼみを実らせていくかのように、静かにそこに存在しているようにみえた。
わたしとエネさんが感じている時の流れの速度が違うこと
表現の場所でエネさんはちゃんと自分の居場所をみつけて、明日が見えていること
それはとても切なくて、と同時にみぞおちから抉られるような感覚におちた。
夜は二人で帰りに買った野菜やお肉を使ってポッサムを作ったりして、食べた。
一日目の夜は「Twilight」を観ながら、ベラのモノマネをしたりして笑った。
きっといつもよりエネさんは夜更かしをしていたね。
二日目は、朝起きると空は限りなく透明に近いブルーだった!
朝早くからエネさんは展示の搬出で家にいなかったもので、わたしは天井を見つめながら今日のプランを考えたり、家の掃除をしたりしてエネさんの帰りを待っていた。
掃除機をかけているとドアがガチャリと開く音が聞こえて、「掃除機の音がするー!」「家に人がいるー!」と嬉しそうにしたエネさんが帰ってきた。
青色に染まった空の下、車を走らせてわたしたちは海へと向かった。
長い時間エネさんに運転を任せっきりにして、わたしは隣で呑気に鼻歌なんて歌っていたら、海はすぐ目の前に来ていた。
海って正直どこで見ても、いつも同じ景色でつまらないものだと思っていた。
けれど、エネさんと見たあの日の海は、平行線上で対極に重なり合う二つの青色、" 双子の海 "のようだった。
決して混ざり合うことはないけど、その平行線上の線を綺麗に描き続けることができる二つの存在。
似たような青色に見えて、物質も、温度も、広さも全く別物。
けれど海の重さがあって、空の広さがあって、線を描くことがきっとできるのだ。

二日目の夜はカレーを作って、ウォン・カーウァイの「恋する惑星」を観て、太った体をした苺を沢山食べた。
茨城の空は星が綺麗なんだとエネさんはメールでよく伝えてくれていたけど、その日空には膜が張ったような雲が広がっていて、星は見えなかった。
わたしはエネさんが好きだというものを知りたいと思う。
エネさんと一緒に聴く音楽も、観る映画も
景色も全てが愛おしいと感じる。
わたしの人生のカラーパレットに少しずつ新しい色を足してくれるような存在なのかもしれない。
エネさんはとても衝動的で、繊細に見えて、強い芯のある人だ。
茨城で過ごしたあの時間は、これからも東京で生きていこうとするわたしを本当に強くしてくれた。
エネさんがわたしに与えてくれるあたたかさはいつも、わたしの呼吸のリズムを整えるかのように優しいよ、ありがとう。
わたしたちはどこも似つかなくて良かったね
目指しているところは同じように感じるけど、きっと別々の道を選んで歩いていくだろうね。
歩く速度もきっと違うし、時々立ち止まってしまうこともあるかもしれない。
でも、きっと大丈夫
わたしたちはきっと同じ空の下で星を見つけることができるだろう。

花鳥風月
どうせわたしが撮るなら
目の前に立つあの子の"隙"を映したいと思った
レンズを覗くわたしは主役ではない
しかし、レンズの前に立つあなたも、何者でもないのかもしれない
カメラを持つわたしはあくまで傍観者であり
俯瞰者でもある
風であり、夜であり、光であること
レンズに映るあなたはあくまで造形であり
抽象でもある
花であり、鳥であり、そしてあなたであること




真っ黒メモリーも愛してよ💌
みんなは、どんな少女、または少年でしたか?
思い返せばわたしはほんとにどうしようもなくクレイジーな女の子でした
小学生の時
シール帳やプロフ交換だけじゃ遊びがおさまらなかった私たち女の子ははやく大人になりたくて、お母さんのスマホのお下がりをもらってはじめてSNS世界を知ったね
その頃わたしたちの間では"ミクチャ"という動画配信アプリが最先端の流行りで、小学生が手がけたとは思えないほどの高編集技術の「歌詞動画」なんてものを生み出したり
「双子ダンス」とかいう曲に合わせて踊ったりする文化を築き上げたのはきっとわたしたちだろう
この今も手に握りしめている暑さ5ミリ程度の小さな板にわたしたちははやくにも、おとなにされてしまった
別に被害者ぶってるわけじゃない
確かに、" 認めてあげたい "のだ
あの頃わたしはお母さんのお下がりのスマホだったけれど、周りの女の子たちはもうすでに自分のスマホを持っていた
ガラケーからスマホになったばかりの頃は友達とメールじゃなくてLINEでメッセージを送れるのがとにかく嬉しくて、あのしゅぽっ、とかいう送信音に毎回ゾクゾクしてたな
まだまだ思春期だったその頃からすでにこの液晶画面のトリコになってしまった私たちは
付けなくていいはずの" 傷 "をお互いに付け合ってしまった
ねえ、みんなは覚えてる?
LINEのステータスメッセージに誰かのことをすきと匂わせたり
嫌いな人のことを書いてみたり
ちょっとほんとに恥ずかしいことこっそり呟いたり
いつからか空白にしていたその欄に確かに綴っていた、思い出したくもない、痛い記憶がわたしにもある…
今はもう存在しない「匂わせステータス」がものすごく流行っていたのを何気なくふと思い出した
誰でも忘れたい過去の自分はいるけれど
わたしはあまりにもそれが多い…(-∧-;)
全部無かったことにして今日まで生きてきたけれど、最近わたしってやっぱり何も変わってないと気がついて、なんだか少し嬉しくなった
今もこうして文章にして誰かのことを綴ったり
インスタの投稿文で意味深なメッセージをかいたりするわたしのこういうところ
ほんっとにあの頃の「匂わせステータス」を呆れるほどに、彷彿とさせる。笑
でも、愛おしかった
今でもわたしはあの頃の少女性を忘れることはなく、密かに胸に秘めていたんだ
きみのことも、もしかしたらどこかで
匂わせメッセージ、かいちゃうかもね~♪

オトナだから、何ですか?( ˙³˙)~♪
なんでもかんでも人のせいにする癖。
これは私が小さい時からずっと母に繰り返し叱られていた悪い癖だ。
新しい環境でうまく馴染めないだの
バイト先のだれだれさんがいじめてくるだの
最近なんでもかんでもつまらないだの
そんなふうに家に帰ってきては文句ばかり言っていた小さいわたしをふと思い出した
そんな私の話をいつもやれやれと聞いてくれた母がある時、痺れを切らして私を叱った日があった
「それって全部誰かのせいにしてるだけで、変わろうとしてないのはあなたじゃないの?今が苦しいなら、誰かに変わってもらおうとするんじゃなくて、自分が変わらなきゃ。」
母の教訓はいつも正しくて
何年経ってもわたしの中に強く根付きつづける
ことばの力を持った人だと思う
あれから、新しい世界に飛び込む時も
自分を突き飛ばしてくる人がいる時も
何かが上手くいかない時も
自分が変わることで、わたしが笑うことで
なんとかなってきた人生だ
感情的に泣いたり怒ったりするより
例え作っていても笑っていた方が私の周りがあたたかくなることは確かだろう
でも、泣いたり怒ったりすること
この感情を小さなこどものように自分勝手にふり出すことは、" 大人たち "はもう許されないのだろうか?
そんなことは決してないとおもうのだけれど。
どうして大人になったら、電車で泣くことがあんなにも苦しいんだろう
誰かに正直に気持ちを伝えることが難しくなるんだろう
どうして涙が出なくなるんだろう
どうして、こうして過去を思い返すこと自体を忘れてしまうんだろう?
ああ、考えたってわからない、わからないけど
大人ってそんなに難しい生き物じゃないんだと
21歳になったわたしは思った
みんな、恥ずかしいだけなんでしょう
守らなきゃいけないものが自分だけじゃないから
上手く泣けないんでしょう
大人ってそういう、カッコつけたい、カッコいい生き物なんだからそれでいいんだ
わたしは、もう大人だけれど
カッコつけたい日もあるけど、思いっきり泣きたい日もある
思いっきりずっこけて笑いたい日もある
少し前にお別れした彼が、今もどこかで変わらず
笑っているならそれでいいな、と思う
連絡がつかなくなった君は、きっと元気にしているだろうとどこかでちゃんとわかっている
最近、なんだか誰からも必要とされてない気がして苦しくなった日も沢山あったけれど
ただ弱っていただけで、わたしは全然ダメなんかじゃない
こうして、あなたとここで同じ気持ちになれたなら、明日にはきっとははっと笑えているから
あ、またこれもしかして
「大人になった」せいにしてるかな?
ははっ

1か月前の21歳の誕生日の写真(笑)
自律神経定期メンテナンスஐ*°
4月13日
はるやすみは終わって桜も散ってしまったけど
私の昼夜逆転した夜の世界は現在も進行中で
雨が降っても晴れてても何も変わらなくて
感情は平行線を描いている
太陽が沈むにつれて今日も目を覚ました
外は霧のような雨が降っていて
ベランダに出たら、修学旅行先の宿舎みたいな匂いがした
ちょっと気が楽になった
あの頃、足並みを揃えて笑っていた少女たちはみんな
ひと足先に、海に飛び込んでいった
まだ、わたしはあの日を浮遊していたいけど
来年の今頃にはわたしは社会人になれてなきゃいけない
慣れてなきゃ生きれない、のかな
うまく泳げているかな?
遠くに引っ越した友人が一日だけ東京に来てくれて
二人きりで夜の高架下を散歩したときに話をした
「なにかカタチにして成し遂げることが生きる理由だといつからか錯覚していた
誰かに求められていないと心が寂しい。けれどそれは自分が自分を許せていないだけの幻想なんだよ
自分以外の誰かが輝いて生きている世界も、自分を見つけられない毎日も”並行して存在している別の世界であること”。決して交わることもないし、その必要も何処にもないんだね」
情報だけが行き交うインターネットの世界で生きているわたしたちはいつしか
目に見えない、存在していない居場所に生きる理由を探してしまっていないだろうか。
それはきっとわたしたちの人生の本質じゃない
誰かになりきらなくていいし、認めてもらう必要なんてないだろう
わたしは自分一人だけの孤独な世界を生きる彼女の背中が美しくて、眩しかった。
わたしはこの春から、何かがいつもと違くて
すこしだけ肌寒いこの春から
また新しい絵を描こうとおもうよ
一度背を向けて投げ出したキャンバスに今わたしは彼女の世界を描きたい
誰のためでもないわたしだけの表現はいつか、わたしだけの孤独な世界に居場所を作ってくれる
そう、信じている

saved memory with enechan
思えばはじめは、太陽の下に行こう
星を見に行こう、なんてそんな話ばかりしていた
過ぎていく毎日はあまりにも目まぐるしくて、うるさいから
みえなくなっていた景色ときこえなくなっていた音が、きみといるとよく感じられる気がしたの
植物や、動物のまっすぐな優しさがすきで
人の温かさよりも陽の光がくれるあたたかさを信じているひとだった
けれどふたりで会う時はいつも決まって雨が降って
思い出はいつも雨が降っている事ばかりで
たまにきみとみた奇跡のような光景たちはすべて
きっとこの先も時々、泣いたり笑ったりする度に思い出すとおもう
だから雨が振るといつも思い出して
季節が変わって、花が咲く度に会いたくなった
大人になってから、夢の話をすることがどれだけ少なくなっただろう
現実的でつまらないことばかりでいつのまにか両手が埋まってしまって
いまのわたしにはきっと届かないな、なんて未来のことを諦めるようになる
馬車馬のように動かしていた感情がフラットになっていって
小さなことじゃ笑わなくなって、泣かなくなる
3月4日
今日は雪が降っていた
春が来る前に、東京を出ていくというきみと
この街で過ごすのは最後だった
去年の今頃はふたりで新しく訪れる緑の風を楽しみに、陽の光を待っていたっけ、。
今年は雪がとけて、冬が終わる頃にはもう会えなくなると思うとすこしだけ春が遠く感じる
1年前、雪が降った時、わたしは部屋に閉じこもっていた
なんだか全部が真っ白で窓の外は静かで
わたしをひとりぼっちにするから雪なんて嫌いだ、なんてブログでも話していたけれど
今日はずっと雪が降り続ければいい、なんて思っていたよ
そうしたら、もう少しだけながく一緒にいれる気がした
春がきたら、東京の空気はいつもと少し違うだろうか
でもこうしてきみに会えたこと
陽の光が眩しくて、草の上が心地よくて
雨が優しくて、星がきれいだと思えたのは
きみが教えてくれたことだとおもう
わたしはもう少しだけこの街で生きていこうと思う
大丈夫、不思議ともう寂しくはないよ
時々自分がどこにいるかわからなくなったときは
思い出して欲しい
あの日がきっときみの居場所になる
何度でも連れ戻してくれる
わたしはここにいる!
ありがとう、きみの未来に幸多かれ🍀

とある少女星
お久しぶりのすけですね皆さん。
11月27日
今日の天気は雨☔️です。雨が降ると必ず思い出す人がいるので、その人が頭の中に浮かぶと君に「手紙を書こう」なんて気持ちでいつもブログを書いています
最近のわたしは〜とかなんとか説明していたらすぐに朝がcomingしてしまいそうなのでまとめると
「 少 女 が 崩 壊 し た ! ! ! 」
訳わかんないですよねごめんなさい💦
やっぱり落ち着いて話をしてもいいですか...?
これは、17歳のわたしが退屈な授業中にうたた寝の夢の中で創りあげた「少女星」についての話
3年前、制服を着ていたわたしは20歳のわたしに「どうか、いつまでもわたしのことを忘れないで。」とただ願っていた
大人になっても、お肌がしょぼしょぼになっていってもずっと、ずっと子供のように無邪気なまま、夢であふれていて欲しかったからだ
そんな少女たちだけが溢れる世界、” 少女星 ” にいつも憧れていた
17歳のわたしを未来のわたしが忘れてしまったら、この記憶と交信ができなくなってしまったら、つまらない大人になってしまうんだろうと信じきっていた
そうして17歳のわたしは未来のわたしに呪いをかけた
その頃のわたしは、エネルギーとハイパーセンスが頭の先から常にビンビンと出ていて、なんでもできるような気がしていた
そんな電波人間のようなわたしも学校を卒業して、制服を脱いだ
制服の魔法は恐ろしいもので、時が経つにつれわたしは魔法が解けていくようにハイパーセンスも、なんでもできそうな力も消えていってしまった。
あの頃のわたしは制服という名の「ヒーロースーツ」を着て、何者かにでもなれたつもりで強気になっていただけだった
そんな感じで夢に絶望しながら、自分がどこにいるのかわからないまま20歳になったわたしだけど
でもね、あの頃のわたしにやっぱり伝えたい
「わたしはもうあの頃の君みたいに廊下を全速力で走れないけど。お気に入りの服を汚してまで草の上に寝転んだりできないけど。あの青い教室で眠い授業を受けながら好きな人のことを考えたりできないけど。かっこよく生きてるよ。わたしの中の少女は崩壊していくけど、君のことだんだん鮮明に思い出せなくなっていくけど、また新しい世界を知っていくの。何度も生まれ変わるように生きていくからーーー」
17歳のわたしがかけた、かわいい呪いが崩れていく
あの頃のわたしには見えもしなかった景色をこれからも描いていく
等身大のわたしを作品に残し続けることが、少女のわたしが憧れていた「少女星」に存在するわたしの姿だ

P.S ーーー追記ーーー
わたしのブログなんて誰が読んでいるんだ?誰も読んでなんていないかも。なんてふと思ったけど、そんなことはどーだっていー。
誰かに向けてなんて考えていなかった。
でももし、今これを読んでくれている君が存在するとするならば、君もぜひ一緒に " 少女星 " につれていきたい。